哲学カフェ

哲学書を一つづつ取り上げて、それを時に独善的とも思われる解釈を試みながら、一見難しいものと思われる哲学書の解読を行うものです。

10月, 2015

エピクロスについて その15

 前回の記事で、エピクロスは「命の終わり」に関して、その時にはわれわれは存在しないので何のものはない、その考えに慣れるべきである。また、善い事も悪い事も全て「感覚」に属しており命の終わりは、その「感覚」の欠如だからだとも […]

エピクロスについて その14

 十月も残り僅かになり、来週末にはハロウィーンがあります、この際の「仮装」は現世にやってくる魔物や死者等から身を守る為に行うのです。その死者となる際に訪れてる「命の終わり」を、エピクロスは「精神に最も恐怖を与えてきた事柄 […]

エピクロスについて その13

 十月中旬となる本日も、引き続きエピクロスの哲学について、です。前回は欲望を選ぶ際の基準を取り上げました、ですが、エピクロスは「快楽」には限界があると主張します。まず、肉体の快楽に関しては、岩波書店から出版された「エピク […]

エピクロスについて その12

 十月も半ばに向かい、日中と夜の温度差が徐々になくなりつつあります、ですが記事で取り上げているエピクロスの哲学は当時から理解者とそうでない人との温度差があったのです。それはエピクロスの「快楽主義」が間違った内容で伝わった […]

エピクロスについて その11

 さて、前回の記事で「人間は生まれながら快楽を持っており、それを第一の善と認めている」というエピクロスの主張を書きました。これは彼の数少ない資料の一つにハッキリ書かれているそうです、その資料がブログで何度も登場している「 […]