哲学カフェ

哲学書を一つづつ取り上げて、それを時に独善的とも思われる解釈を試みながら、一見難しいものと思われる哲学書の解読を行うものです。

ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 二十七

序論 反復と差異 十

法則の視点からする第二の区別 一

「……。ところが、実験は、比較的閉じた環境をつくり、そのなかで、わたしたちは、選択された少数のファクターに即して一つの現象を定義する(そのファクターは、最小限二つ必要であって、たとえば、真空中の物体の運動一般においては、空間と時間である)。……。あらかじめ確保された諸ファクターあるいは閉じた環境は、幾何学的座標系を構成しているのだから、物理学はそのまま数学なのである。このような諸条件においては、現象は、必然的に、選択された諸ファクター間の一定の量的な連関に等しいものとして現われる。それゆえに実験においては、問題になるのは、一般性の一つのレヴェルを他のレヴェルに置換すること、つまり、諸類似をこわすということだ。この場合、反復は、一般性のひとつのレヴェルへの移行のなかにしか現われず、そうした移行のおかげで、またそれを機会として、ちらっと顔をのぞかせるだけである。あたかも反復が、その二つの一般性の下で、その二つの一般性のあいだで、一瞬のうちに顔を出したかのように、すべては進行する。だが、そこまでもまた、本性上異なっているものを、程度上の差異と取り違える危険がある。」

これは何を言っているのでしょうか。ドゥルーズは、物理学的な法則に言及しているようなのですが、物理学がそのまま数学なのだ、ということしか理解できません。「閉じた環境」の中での物理学的な法則には、反復はほんのチラリとしか顔を表さないと言っているようですが、よく解かりません。

「一般性の一つのレヴェルを他のレヴェルに置換すること、つまり、諸類似をこわすということだ」とドゥルーズは書いていますが、此処で想定されているのは、物理神津見での成り立つ法則を指しているとは思いますが、此処で、私とドゥルーズ年の間で、物理法則に関する捉え方は大きく異なっているようです。私個人的には、物理法則は、時間と空間は解かれず、時空間としてひとまとまりのもので、また、物理学は、初期値を与えれば、物理法則にしたがって物質は振る舞うとは、考えておらず、ドゥルーズが述べている物理法則は物理学的シミュレーションの事でしかないように思います。シミュレーションと実際の物理法則とでは、全く違います。

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