26 08 2013
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 二十一
序論 反復と差異 四
反復と一般性――行動の視点からする第一区別 四
祝祭の例が次に挙げられています。
「ペギーが言ったように、バスティーユの攻略を記念する或いは表象=再現前化するのが連盟祭なのではなく、将にバスティーユ攻略が諸連盟をまえもって祝いかつ反復するのである。」
ドゥルーズの言を借りれば、日本においても毎年行われる祭りは、「新しく反復」して行われます。毎年、祭りは、「新しい」ものと言えます。
「……。だからわたしたちは、個性的なものに関する一般性であるかぎりでの一般性と、特異(サンギュリエ)なものに関する普遍性としての反復とを対立したものとみなすのである。わたしたちは、一個の芸術作品を概念なき特異性(サンギュラリテ)として反復するのであって、一つの詩が暗誦され[心で覚えられ]なければならないということは、偶然ではないのだ。頭脳は交換の器官であるが、心は、反復を愛する器官である。(たとかに、反復は頭脳にも関わっている。しかし、それはまさに、反復が頭脳によって恐怖でありパラドックスであるからだ。)」
さて、だんだんと反復の相貌が明らかになりつつあります。反復は頭脳ではなく心に関わるものなのです。そして、反復は、頭脳にとって貴重であり、パラドックスとドゥルーズは述べています。まだ、これだけでは、ドゥルーズが言う反復がまだ、はっきりと掴めません。次を読みましょう。
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 二十 ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 二十二