24 07 2013
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 十
はじめに 十
「問題的なものと差異的=微分的なものは、闘争あるいは破壊の規定であって、この場合の闘争、破壊とは、それに比べれば否定的なものの闘争や破壊が仮象にしかならないような、また美しき魂の祈りがどれもこれも仮象のなかから汲み出された欺瞞にしかならないような逃走、破壊である。見せかけ(シミュラクル)の役割は、似像(コピー)たることではなく、すべての範型(モデル)をも転倒させることによって全て似像(コピー)を転倒させることにある。そのとき、あらゆる思考(パンセ)[思想]は、攻撃へと生成するのだ。」
何の事かよく解りません。しかし、何とか解釈を試みます。「問題」となるものと「Difference」(差異的=微分的)なものは、闘争、または破壊の規定、つまり、融和ではないとドゥルーズは断言しています。そして、この場合の「闘争と破壊は」、飽くなき問いのことのように思えます。その問いが、似像(コピー)をも転倒させて、問うという行為は、攻撃性を持って生成する、と言っているのかもしれません。ここでは美しき魂の祈りは、どれも仮象の中から汲み出された欺瞞、つまり、美しき魂は、ドゥルーズの思考では欺瞞であるのかもしれません。それを破壊する力が「問い」という行為に含意されていると、一応ここでは、読み解いておきます。しかし、これは未定のままにしておきます。本編を読んでみないと何とも言い得ないからです。
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 九 ジル・ドゥルーズ『差異と反復』の読解 十一