哲学カフェ

哲学書を一つづつ取り上げて、それを時に独善的とも思われる解釈を試みながら、一見難しいものと思われる哲学書の解読を行うものです。

エピクロスについて その2

 さて、7月も本日で終わり、明日から8月に突入します。最高気温が30度を超える日が当たり前の様になり、セミの鳴き声を聞きながら、夏の訪れを肌で感じています。そんな本日の記事は、前回から紹介している「エピクロス」の続きとなります、家族と合流して哲学者の門下になった彼は紀元前311年、30歳の時に現在のエーゲ海の北東部に位置するレスボス島で自分の学園を開きます。当時としては珍しく女性の生徒も受け入れており、広く門徒を集めていました、しかし、追いやられてしまいます。
 その翌年に小アジア北方にあるランプサコスに移り住んで、そこで後に「エピクロス派」として自分を支持してくれる弟子達を迎えました。それから4年から5年後にエピクロスは弟子達とアテナイに移って、郊外にある庭園付きの小さい家を買って、弟子達と共に暮らし始めたのです。これが彼の新たなる学園となる「エピクロスの園」です、そこは多くの人に開放され、聴講生の職種の幅も広かったそうです。エピクロスが学園を離れる事は、72歳で亡くなるまで、滅多に無かったそうです。

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