哲学カフェ

哲学書を一つづつ取り上げて、それを時に独善的とも思われる解釈を試みながら、一見難しいものと思われる哲学書の解読を行うものです。

イマヌエル・カントについて その8

 カントを代表する「批判哲学」ですが、彼は「理性」を批判するにあたって、初心者でも分かる概念を考えました。それが「素質としての形而上学」です、文字だけ読むと初心者には分からないと思われるでしょうが、この「形而上学」とは先の記事で取り上げた「なぜ」を求めて極限まで突き詰めて、経験の世界を否でも超える学問なのです。これは「理性」の「ひとり舞台」でもあるのです、なぜなら、極限に近付くのが「理性」の本性であり、元からその様な「素質」を持っていたのです。
 そんな意味を込めて、古くから「人間は理性的動物である」という言葉があります、これを最初の言葉に言いかえれば「人間は形而上学を求める動物」とも言えます。例えば、死後の世界は存在するか。例えば、神様は実在するのか等、考えて事があるでしょう。また、考える内の混乱と対立する意見の争い状態から抜け出す為、人は「素質としての形而上学」を「学問の形而上学」にしなければならない。それが「理性」の関心であり、その手続きが「純粋性批判」でもあるのです。

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