哲学カフェ

哲学書を一つづつ取り上げて、それを時に独善的とも思われる解釈を試みながら、一見難しいものと思われる哲学書の解読を行うものです。

イマヌエル・カントについて その2

 三月も中旬になり、そろそろ本格的に暖かくなると思った矢先、気温の低下と雪がチラつき不安定な天気が続きました。それも落ち着いたと本日は前回の続き、「カント」の話です。八歳で入学したフリードリヒ学院で、ラテン語を中心に古典語と宗教教育と学んだカントですが、結果は敬虔な信者にはなりませんでした。そんな彼が1740年頃に十六歳で入学したケーニヒスベルク大学で六年を過ごしたのが「哲学部」です、裕福とは言えない生まれのカントは本来なら、この大学で神学部に進んで牧師になる筈でした。しかし、この大学でカントは哲学教授のクヌッツェンと出会い、ライプニッツやニュートンなど当時、発展しつつあった分野の本を借りて「自然学」も学んだそうです。
 やがて、六年後の1746年頃に父親が亡くなり、学費の工面が困難になります。ここで「活力測定考」という論文を提出していますが、正式な卒業記録は残っていないそうで、カントは「卒業」ではなく「中途退学」という形で大学を去る事になったそうです。その後の経緯は次回の時期で紹介します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください