哲学カフェ

哲学書を一つづつ取り上げて、それを時に独善的とも思われる解釈を試みながら、一見難しいものと思われる哲学書の解読を行うものです。

ヴォルテール/フランソワ=マリー・アルエについて その2

 前回から紹介しているヴォルテールは若い頃は哲学に関する著書より、当時のフランスの政治や政府を批判する詩を書いては、それを詩編として出版し続けていました。このため、彼は1717年頃にバスティーユ牢獄に投獄され、そこで半年以上を過ごすことになったのです。これが彼が20代前半の頃で、その頃に彼は「ヴォルテール」という筆名を使い始めたそうです。また、彼の書いた「エディップ」という韻文悲劇が劇として公演され、それが大成功した事で、かれは当時の摂政から金メダルと年金を受け取り、大物作家として知名度を上げたのです。ですが、ある名門貴族とトラブルを起こして、1726年頃に再びバスティーユに投獄されました。
 ただ、この投獄に関しては貴族側が裏で手を回した事が発覚し、世論はヴォルテールに味方するようになり、彼の元へ多くの面会者が訪れるようになったのです。そうして、すぐに釈放されたヴォルテールはイギリスへ渡り、そこで受けた自由な風潮に、彼は自身が後に提唱する哲学へ大きな影響を受けたのです。また、ジョン・ロックやアイザック・ニュートンなどの哲学を知り、ヴォルテールはイギリスの哲学研究に惹かれるようになるのです。

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