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3.物理主義

むしろ私たちはこの「物理主義」に日常において積極的にコミットしている場合が意外と多いのです。
例えば、頭が痛くなってゆっくり休んでいても回復しない時、鎮痛剤を服用する筈です。
それは、その薬の化学的成分が頭痛のもとになっている身体の異常に作用し、痛みを鎮めてくれることを私たちは知っているからに他ありません。
ところが、その薬の詳しい成分は解かりません。
それでも頭痛が治まるのは何らかの化学物質の働きによる事は解かっています。

もしそれが解かっていなければ、私たちは薬など飲まずに、頭痛が治まるおまじないを唱えたり、痛みが治まるまでひたすら待ち続けなければならない事になるかもしれません。

また、殺人も広い意味での物理主義の表われだと言えるかもしれません。
殺意の対象になる相手を「死ね死ね」と念じているだけでは相手は自分の前から消えてくれません。
相手の身体に何らかの危害を与えて、その生態機能を止めない限り、相手の存在が消えないのだと思うからこそ、残虐な手口で殺したり、時には、面倒なアリバイ工作をしてまで殺人犯人は、殺人行為に及ぶのです。

その他にも日常にはモノの働きだけで説明のつく事が多々あります。
美味しい料理の作り方(調味料や火加減の調節)、パソコンをより使いやすくする方法(メモリの増設やファイルの整理、またユーザーのスキルの上達)など、数え上げれば枚挙に暇がありません。
モノさえうまく扱えれば、生活に困らない気すらします。