心の行方~哲学的、心理学的、科学的に心とは何か~ TOP > 2.性質のあり方―タイプとトークン

性質のあり方 一

例えば真っ赤な薔薇をもらったとします。
「真っ赤」というからには薔薇の色は全て赤な筈です。

しかし、赤さの度合いは端ごとに違います。
あるものは黒ずんでいたり、あるもは朱色に近いような明るめの色です。
見た目ではなく、もっとミクロレベルで、光の波長のレベルで考えれば、全く同じ色の薔薇は一つとしてない筈です。
個々の異なる色はなぜ同じ色に分類できるのか、疑問です。

このような場合、哲学では、分類の目印となるものとしての色と個別的なものとしての色の違いは「タイプ」と「トークン」という言葉で区別されてきました。
薔薇の花束全体は、全て「赤」という色に分類されるという意味で、タイプとしての「赤」という色を持っています。
幾つのものに共通して当て嵌まる特徴があれば、それはタイプと呼ばれます。
他方、「トークン」というのは、ものの一つ一つに備わる個別の特徴を現わします。
一本一本の薔薇の黒っぽい赤色や朱色に近い赤色は、トークンとしての赤色です。

タイプとトークンの区別のもとになっているのは、性質はある特定のモノに集まりについて、そのメンバーに共通に、いわば「普遍的」に当て嵌まるものだという考え方です。

性質の基本的なあり方は「タイプ」としてのそれであり、「とーくん」は そのタイプを構成するメンバーです。

性質のあり方 二

タイプとトークンの区別は、は、心的性質にも当て嵌まり、心的因果の議論にも重要な役割を果たしてきました。
ここでまた、「痛み」を例とすれば、頭痛も腰痛も歯痛も等しく痛みというタイプに属します。
だが、東部に発生する痛みと腰に発生する痛みと歯に発生する痛みが質的に同じである筈はありません。

痛みの発生する場所が違うし、痛みの質感も(鋭く刺すような痛みとか、それともずきずきする痛みか)違います。
頭痛と腰痛はトークンとしてとして別々なものです。
また、同じ腰痛でも、昨日の痛みと今日の痛みはタイプとしては同じでもトークンとしては別です。

「タイプ」と「トークン」という言葉はあまりなじみがないと思いますが、日常的な感覚とそれ程離れているわけではありません。
性質が「タイプ」だという事は、何となく理解出来るに違いありません。

「この肉は柔らかく食べやすい性質を持っている」といっても、「この肉は柔らかく食べやすい肉だ」といっても大して変わりません。
それならば、性質にはタイプとしてのあり方のみで十分と思うかもしれません。
しかし、ここでタイプとしてではない、個別的な「トークン」を持ち出してくることはそれなりに意味がある事なのです。
どうして意味があるのかを心的状態はある脳状態と同一である「心脳同一説」を例に説明します。

性質のあり方 三

痛みの際に興奮するのはC線維と呼ばれる神経線維です。
心脳同一説をとるならば、私たちが感じる「痛み」とはC線維の興奮以外の何ものでもないという事になります。
しかし、此処で、突拍子もありませんが、宇宙人の存在を想定してみます。
その宇宙人は、身体の仕組みも知能も私たち地球人と全く同じであり、心に感じる感覚や思考なども私たちと変わらないのですが、唯一つ異なるのが、脳の中にC線維が存在せず、代わりにZ線維と呼ばれるものが痛みが生じる際の興奮する点がある(なお、Z線維はC線維の別称ではありません)。
先程、「痛み」とは「C線維の興奮」と同じだと述べました。

この事からすれば、C線維とは異なるZ線維の興奮は、少なくとも単純に「痛み」と「C線維の興奮」を同一視した限り、痛みであるとは言えません。
この事が正しければ、Z線維が興奮するときに宇宙人が感じるのが「痛み」でないことになってしまいます。

もしかしたならば、宇宙人が「痛み」と感じているものが私たちとは違うのかもしれません。
同じ「痛み」を感じているにも拘らず、一方ではC線維が興奮し、他方ではZ線維が興奮するという事態を、心脳同一説の下で理解する一つの方法があります。

性質のあり方 四

一つの方法を解かり易く言えば、「地球人には地球人の痛みがあり、宇宙人には宇宙人の痛みがある」とする事です。
つまり、地球人も宇宙人も痛みと脳状態が対応しているという点では同じですが、個々の痛みごとに異なる脳状態が対応すると考えるのです。

このときタイプとして同じ「痛み」性質でも、それぞれの痛み性質に対応する脳の(物理的)性質は異なります。
地球人の痛みと宇宙人の痛みのように、タイプとは異なる個別的なあり方をする性質が「トークン」とよばれるものです。

是術の薔薇の色を例に性質の二つ見方を紹介しました。
一つは、花束を形作る薔薇全体に共通したものとしての見方であり、もう一つは、薔薇の一本一本に宿るものとしての味方です。
そして、前者をタイプ、後者をトークンとしました。

「トロープ」とは後者のトークンとしての性質のことです。
トロープ説は、性質のある時点における対象が持つ「個別者」であると看做します。
「性質」というと、多くの人にとっては、モノに備わる属性とか特徴であるかのようなイメージがあるかもしれませんが、トロープとはそのようにモノではなく、それ自体が実体として扱われる個別的な性質です。
このような性質の見方を支持する立場を「トロープ説」と言います。